Wisps

Just Another Journal

5月27日(Sun)

海外から来た友人、そしてその奥さんと3人で炉端焼きにでかける。海のない国に住む彼らにとって、「魚」を食べることは、たとえそれが刺し身であれ、フライであれ、とても貴重なものだということを知る。「私達は子供のときは鯉しか食べなかった。だから魚は嫌いだったの」という奥さんの言葉を聞くにつけ、自分の子供だった時を思い出す。海のない県に育った自分にとって、幼少時代、まさに「魚」とは「鯉」だったからだ。世界は広いようで、実は小さいのかもしれない。肌の色、話す言葉以上に、食べることは、その国民性、ひいては人間という生き物の持つ個性も決めていくのではないかと思える。

鯉。甘露煮。鯉こく。小骨も多く、確かに決して美味しい魚といえたものではなかった。でも、子供の頃はそれが最高のごちそうだったし、和牛のステーキ以上に美味しいとも思えたことも付け加えておく。(実のところ、今でも、そして今だからこそ、鯉は特別な「ごちそう」であることに変わりはない。)

 

ネットでみたある経営者のブログから、今週は、どこでも誰とでも働ける――12の会社で学んだ“これから"の仕事と転職のルールを読んでいた。普段あまりこの手の本は読まないが、時々読むと、頭の回路が整理されるような気がする。こういうのもたまには良いかもしれない。しかし、最近日本で売られているビジネス書(?)は、タイトルと内容がマッチしないことが多い。内容は、タイトル以上のものであったと思う。少なくとも「オレ、オレ」でないところは読んでいて清々しい。何か、意図された心意気のようなものを感じて、その点は気持ちがいいほど。だからなおさら得るところも多かった気がする。

 

それから、もう一冊。これは、長かった。

Signals: How Everyday Signs Can Help Us Navigate the World's Turbulent Economy (English Edition) を読む。アメリカのこうしたビジネス書に多いのは、やたらと長いこと。そして具体的な事例が豊富なこと。意外と没入感が高い。そして読了までに膨大な時間を要した。

長さゆえ、著者の熱量が伝わってくることも好きな一面だ。ただし、後半は政治的な話も多く、なかなか集中しようとせずには内容が頭に入ってこない。政治とは歴史のいちページだと感じる。なかなか政治の話に自分の集中力が持続しないのは、それが歴史だからだとも言えるなと不思議な納得感があった。

 

朝、いつもの床屋で髪の毛を切ってもらい、その後20,000歩のウォーキングをこなすついでに、区の図書館に寄ってみた。思いの外、読みたい本が山のよう書棚にあり、つい嬉しくなる。3冊借りる。

 

図書館に「横山大観展」のポスターがあり、東京国立近代美術館だとのこと。日程を見ると、まさに今日が最終日。行きたい、と思うが、すでに午後1時。夕方には、上記の友人とのディナーの約束があったためあきらめた。いつか見てみたい。

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 さあ、6月ももうすぐだ。Q2もあと残すところ1ヶ月。