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Just Another Journal - T.T.

4月19日(木)世界史と道半ばの人生 100年人生とはいえ所詮 100年、そして年始に立てた目標に忠実であろうとすること

もう日付は4月20日に変わっている。つい今しがた、ベッドの中で「全世界史」講義 II近世・近現代編:教養に効く! 人類5000年史を読み終えて、そうかJournalを書いていなかったことに気づく。なかなか温かいベッドから抜け出せず、このまま寝てしまおうかと思ったが、いやいや、このまま書かないときっとこのままズルズルといってしまう。それも面白くない。そんなことを考えつつ、パソコンをベッドの中に持ち込んで書き出している。

 

今回、「全世界史」講義 I古代・中世編: 教養に効く!人類5000年史につづいて、「全世界史」講義 II近世・近現代編:教養に効く! 人類5000年史を読んだ。高校時代、世界史は本当に苦手な科目だった。今回もそれを痛感することになったが、自分なりに、なぜ世界史が苦手なのかという理由が見つけられたことは一つの収穫だったか。

人間の生活には、自分ではどうすることのできない力のようなものが働いている。戦争があったり、勢力を広げようとする宗教のちからかもしれないし、あるいは血を流すことを選ばなくなった世界における別の意味での戦争の力かもしれないし、いずれにしても、人間の一生なんて言うのは、自分ではどうすることもできない力によって、その向かう方向はいつでも簡単に変わっていくものだ。

ある時代に生きていれば、農業をやって一生をすごしたかもしれない人も、時代の力によって、図書館で仕事をしながら、一生を過ごすということもあるかもしれないといった具合に。

 

人生100年時代というような言葉が世間で謳われ、まるで生きるということが永遠とも思えるような錯覚に陥るかもしれないが、実際のところ、それでも僕らは皆、100年程度でこの世を去っていく存在だ。

何かを成し遂げて、死ぬまでに生を完成させたいというようなことも、幻想にしかすぎないのだろうという小さな確信が歴史を読むと生まれた。

歴史に名を残した人々でさえ、死ぬときは皆、道半ばだった。それが人間の消えていく形の常なのであれば、僕のように小さな生を生きるものならばなおさら道半ばでいいじゃないか。

結局のところ、僕らに必要なのは、個人では如何ともしがたい力であふれた海の中を、それでも、その時々に心の中に生まれ出る希望という灯りに向かって泳ぎ続けること。そしてその灯りに向かう途中で生を終えることが、考える動物としての人間に与えられた宿命である、ということに対する小さな覚悟のようなものなのだろう。覚悟さえあれば、人は強くなれる。

 

寝る前の読書とは別に、今、Thinking, Fast and Slowを、仕事を終えた夜、近所の大きな公園を散歩しながらAudibleで聞いている。

 

今年は1週間に1冊の本を読みたいと年始に決めた。4月も終わろうとしているので、本来であれば、16冊目に手が届いていないといけないのだが、今日の「全世界史」講義 II近世・近現代編:教養に効く! 人類5000年史で、13冊目(記録をまとめてみたところ、15冊目だった)の読了となる。Behind 2冊半(1冊)。ゴールデンウィークもあることだし、キャッチアップできると良いのだけれど。このペースだととりあえずのノルマは達成できそうだ。